大判例

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東京高等裁判所 平成元年(ネ)4132号 判決 1990年8月07日

控訴人

甲野春子

乙川夏子

(旧姓甲野)

甲野一郎

右三名訴訟代理人弁護士

西村寿男

被控訴人

丙沢秋子

丁海冬子

右両名訴訟代理人弁護士

牛島信

荒関哲也

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らの主位的請求をいずれも棄却する。

三  被控訴人らが、原判決添付の別紙物件目録記載の各土地につき、それぞれ一六分の一の共有持分権を有することを確認する。

四  被控訴人らそれぞれに対し、同目録記載一ないし四の各土地につき、控訴人乙川夏子、同甲野一郎はそれぞれ持分各四八〇分の一三について、同甲野春子は持分各四八〇分の四について、それぞれ平成元年六月二一日遺留分減殺を原因とする共有持分一部移転登記手続をせよ。

五  控訴人甲野一郎は、被控訴人らそれぞれに対し、同目録記載五ないし一一の各土地の持分各一六分の一につき、平成元年六月二一日遺留分減殺を原因とする所有権一部移転登記手続をせよ。

六  訴訟費用は第一、二審を通じ五分し、その二を控訴人らの、その余を被控訴人らの各負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立て

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らの各請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

当事者双方の事実上の主張は、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一主位的請求について

1  請求原因(一)、(二)、(三)、(五)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

2  被控訴人らは、本件遺言は、その客観的外形、体裁からみて単なる下書き、草案に過ぎず、幸三にはこれを有効な遺言とする効果意思がなかったから無効であると主張するので、以下検討する。

<証拠>を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(1)  本件遺言書には、「自筆証書遺言」との表題のもとに、不動産を初めとする幸三の財産の承継人を定める事項を主な内容とする記載があり、ほかに作成日(一九七七年五月十二日)の記載及び幸三名義の署名とその名下に幸三の実印による印影がある。

(2)  本件遺言書の本文は、第一項から第六項までに分けて記載されているところ、その第一項の初行から三行目の途中までがじくざくの斜線で抹消されているほか、本文中に数多くの加除、訂正が行われているが、これらの変更について民法九六八条二項に定める方式は履まれていない。そして、本文自体は整然と記載され、その意味、内容も明瞭であるのに対して、加除、訂正の記載は、かなり乱雑であり、判読が困難な部分もある。

(3)  本件遺言書の裏面の一部には、「自筆」、「公正証書」、「証人2人」、「日付をハッキリかく事」「署名捺印」「間違ったトキ、訂正の仕方」「訂正個所署名、ナツ印の事」、「遺留分、処分できない割合」等の記載が無秩序になされている。

(4)  本件遺言書には、週刊誌(昭和五九年一月一三日号)の「年の初めに「遺言状」書き初めのすすめ」と題する記事の切り抜きと昭和五〇年六月二一日発行の幸三の印鑑証明書がホッチキスで一緒に綴じられていた。

(5)  本件遺言書は、本文、日付、署名及び加除、訂正の記載ともその全文が幸三の自書によるものである。

(6)  その体裁及び内容から本件遺言書の草案的文書と推認される昭和五〇年三月二四日付けの書面<証拠>が別に存在するが、右書面の記載は、本件遺言書の本文自体と比較すると、かなり乱雑である。

(7)  第一項の初行から三行目の途中までの前示抹消部分の本文は、世田谷区北沢五丁目四二番六号所在の宅地二一坪の借地権と同地上の幸三名義の建物(控訴人らと幸三の居住家屋)に関する記載である。ところで、本件遺言書の作成日である昭和五二年五月一二日当時、控訴人らと幸三は右建物に居住していたが、その後右借地について、幸三と土地所有者との間で訴訟が係属し、昭和五六年八月二六日成立の裁判上の和解により、幸三は右建物を収去して右土地を明け渡したので、結局右借地権と建物とは消滅した。したがって、右和解が成立した後にこの部分の抹消の線が引かれた可能性が大きい。第二項は、渋谷区本町五丁目二八番地所在の宅地八四坪に関するものであるが、本文においては、控訴人ら三名にこれを相続させるとされているのを控訴人一郎一人に相続させる旨の訂正がなされている。これに続いて、右土地に関する日本共産党との訴訟の経過が記載され、これに最高裁判所の判決確定により右土地所有権を確保したとの趣旨の書き込みがなされているが、右最高裁判決が言い渡されたのは昭和五三年七月一七日であった。したがって、この書き込みも、右判決言渡し前になされたものではないと考えられる。第三ないし第六項は、その他の財産等に関するものであるが、これについては、若干の字句の訂正がなされているのみである。そして、本文末尾欄外には乱雑な書き込みがあるが、第一ないし第六項の記載内容と矛盾、抵触する内容の記載は見当たらない。

(8)  本件遺言書は、昭和六三年九月ころ、控訴人らによって、幸三が生前重要書類を保管していたトランクの中から発見された。

以上のとおり本件遺言書は、全文、日付及び署名のいずれもが幸三の自書によるものであり、かつ幸三の捺印がされているのであるから、民法九六八条一項の要件を満たすものであることが明らかである。そして、上記認定の各事実を総合すると、本件遺言書は、昭和五二年五月一二日ころ、幸三によって、加除、訂正のない本文と日付、署名、捺印から成る文書として有効に作成され、その後事情の変動や心境の変化等に応じて加除、訂正が加えられたものと推認するのが相当である。

たしかに、本件遺言書は、多くの加除、訂正がなされているために全体として雑然とした印象を与えるうえに、前認定のように、裏面の一部には「自筆」「公正証書」「証人二人」等の事項が無秩序に記載され、また本件遺言書自体が週刊誌の切り抜きと幸三の印鑑証明書とともにホッチキスで綴じられていたのであって、これらの点からみると、本件遺言書が下書きないし草案として作成されたものではないかと疑われる余地が全くないとはいえないけれども、その雑然とした外見のみから直ちにこれを下書きや草案の類であると断定することは相当ではなく、また、裏面の記載等の右に挙示した点を斟酌しても、その作成につき前述のような過程を経たものと推認することにつき合理性がないものということはできない。そして、遺言書は、一旦有効に作成されても、これを毀滅させることにより事実上その効力を失わせることができるが、本件遺言書に加えられた前示加除、訂正等の書込みにより本件遺言書が全体として毀滅されたに等しい影響を受けたものと断定することは困難である。

また、本件遺言書に加えられた加除、訂正が民法所定の方式を履践したものではないことは前述のとおりであり、このことと本件遺言書の裏面の記載は、ホッチキスで一緒に綴じられていた週刊誌の記事の要点をメモしたものであって、その発刊日である昭和五九年一月一二日以降に記載されたものと推認されることに照らすと、幸三が、本件遺言書に前示加除、訂正を加えた内容の遺言書を後日改めて作成する意思を有していた可能性も否定し難いところであるけれども、仮に幸三がそのような意思のもとに加除、訂正を行ったとしても、このこともまた一旦有効に成立した本件遺言の効力に影響を及ぼすものではない。

いずれにしても、本文に加えられた加除、訂正は、民法に定める方式に適合しないものであるから、これによっては、本件遺言の内容につき何らの変更も生ずるものではなく、その加除、訂正等の書込みがなされた結果、当該部分につき本文自体が判読不可能となるなど部分的にもせよ毀滅されたのと同じ影響があったと認められる場合には、当該部分に限って効力が失われたと解する余地があるが、その判読が可能である限りにおいては、当該遺言の効力は、その書込みによって影響を受けるものではないというべきである。本件遺言書においては、書込みにより本文自体につき判読が不能となった部分は存在しない。

3 以上のとおり、本件遺言の全部又は一部が無効であるということはできないから、本件遺言の無効を前提とする主位的請求は、理由がない。

二予備的請求について

1  予備的請求原因一ないし四の各事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、遺贈により、原判決添付の別紙物件目録一ないし四の各土地は、控訴人ら三名の持分各三分の一の共有となり、同目録五ないし一一の各土地は、控訴人一郎の単独の所有となったところ、被控訴人らがした遺留分減殺により、被控訴人らが右各土地につき各一六分の一の持分を取得したことが明らかである。そして、このような場合には、控訴人らの共有である右一ないし四の各物件については、各控訴人は、その持分からそれぞれの遺留分を控除した残額(遺留分超過額)の按分比により減殺の効力を受けるものと解すべきであるから、控除人らは、それぞれの持分のうちから減殺された分につき被控訴人らに対して持分移転の登記手続をする義務がある。そして、控訴人らの遺留分超過額及び被控訴人らによる減殺請求額(控訴人らの持分中減殺された分の額)は、原判決添付の別紙計算書記載のとおりであることが明らかである。

なお、控訴人らは、控訴人らには幸三の遺産に対する寄与分があるから被控訴人らの遺留分額は、一六分の一を下回るものである旨の主張をするが、寄与分を遺留分額の算定において参酌すべき根拠はないから、かかる主張は失当である。

2  そうとすれば、本件予備的請求は理由があるから、これを認容すべきである。なお、右に説示したように、遺留分減殺による持分取得の登記は、更正登記ではなく、移転登記によるべきであるが、右算定の減殺額につき控訴人らに移転登記手続を命じても、その登記手続は、被控訴人らの求める更正登記手続と実質において異なるところがあるわけではない。

三よって、本件主位的請求を認容した原判決は不当であるから、これを取り消し、右請求を棄却することとし、本件予備的請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官橘勝治 裁判官小川克介 裁判官南敏文)

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